江戸時代の人口

江戸時代の人口は何人くらいいたのでしょうか?

江戸時代の人口は何人くらいいたのでしょうか?

江戸時代にはわが国の人口はどのくらいだったのでしょうか?

 

よく用いられる数字として、ざっと3000万人だったとされていますが、あくまでも江戸時代中期から後期の推定値です。

 

もちろん現代とは違って正確な統計データを集める手法が確立されていなかったこともあり正確性に疑問が残るのは仕方ないですが、あえて人口統計から除外されていた人々もいたようです。

 

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人口推計には諸説あります

幕府の調査によれば、1721年の人口は約2,606万人、1804年には2,562万人、1846年には2,690万人です。

 

1870年に明治政府が調査した記録では3,279万人と、幕府の調査から24年で600万人近く増えていることになってしまいます。

 

これほど人口が急増することはあり得ず、江戸時代の人口調査がかなり過小申告されていたことが伺われます。

 

さまざまな研究者により推計が行われていますが、諸説あり、どれが正しいのかは定まっていません

 

江戸時代初期1600年頃には1,200万〜1,300万人、1700年頃には2,800万〜2,900万人、1750年頃には2,900万〜3,100万人程度というのが一般的に認められている数字でしょう。

 

豊臣秀吉が実施した人口調査

わが国でかなり正確な調査が行われたのは、1591年、豊臣秀吉の命によるものでした。当時、朝鮮半島への出兵をしていた秀吉は、動員のため調べる必要があると考えたのです。

 

秀吉の時代には検地も行われ、この頃に初歩的なものとはいえ、ある程度の統計手法が編み出されていたようです。

 

キリシタン排除のために始まった人口調査

江戸時代になると、「宗門人別改帳制度」(しゅうもんにんべつあらためちょうせいど)ができ、調査が行われ始めました。

 

これは人の数を調べることが目的ではなく、宗教宗派の分布調査が主目的です。これによって、ある程度の把握はできましたが、上述のような理由から、必ずしも正確には調べつくされてはいません。

 

乳幼児の死亡率が高いこともあって、藩によっては8才未満の子を数えなかったり、15才未満を含めなかったりもしています。

 

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全国レベルで人口調査が始まったのは吉宗の時代

全国を対象とした人口調査に初めて取り組んだのは、徳川吉宗の時代です。

 

1726年以降6年ごとに人口調査が行われるようになり、これにより大まかではあるものの人口の推移がわかるようになりました。

 

しかしながら、調査方法はそれぞれの藩に一任されていたため、一定の基準に基づいた数字ではありませんでした。

 

そのため、現在では実際の人口とは400万人から500万人ほど差があったのではないか、と推定されています。

 

それでもなお、定期的に調査を行ったという意味では画期的なものであり、江戸時代の人口推計の貴重な資料となっています。

 

武家の人口はよくわかっていない?

武家の人々の人口統計は信頼性の高いものが残っていないようです。

 

というのも、幕府に忠誠を誓っているとはいえ、それぞれの藩は一個の独立国家のようなもので、何人の武士、つまり兵員を抱えているかは軍事機密にあたることでした。

 

そのため、中央政府である幕府にその正確な人数を申告することはありませんでした。

 

また、武家屋敷に勤める奉公人の人数がわかってしまうと、簡単に武士の人数も推測できてしまうので、奉公人の数も秘密にされていたようです。

 

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