江戸の町の棒手振り

江戸の町では家にいたまま棒手振りからなんでも買い物ができた?

江戸の町では家にいながら棒手振りからなんでも買えた?

現代ではネット通販の普及により、家に居ながらにしてほしいものをなんでも手に入れることが可能になっています。

 

なんとも便利な時代になったものだと思いますが、実はいまから数百年も前の江戸時代においても、自宅に居ながらにしてほとんどのものを手に入れることができたのです。

 

棒手振り(ぼてふり)と呼ばれる行商人が、毎日のように江戸の町を歩き回ってさまざまなものを売り歩いていたのです。

 

棒手振りは、食料品に限らず生活に必要なありとあらゆるものを売り歩いていたようです。

 

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誰でも簡単に始められた棒手振りという商売

棒手振りというのは、もともとは日本橋の河岸から仕入れた魚を、天秤棒の両側にぶら下げて売り歩いた行商人のことです。

 

しかし、百万都市であった江戸の町では、魚などの食料品ばかりではなく、行商をすることでありとあらゆるものが売れたために、町には棒手振りなどの行商人があふれていました。

 

棒手振りは居酒屋などのように店を構えるわけではないので、その日の仕入れ資金さえあればだれでも簡単に日銭を稼ぐことができました。

 

なかには、一文無しであっても「百一文」や「烏金」といった町金から仕入れ資金を借りて行商をしているようなものもいたようです。

 

ちなみに「百一文」というのは、朝に百文借りたら夕方には利息をつけて百一文を返済することからそう呼ばれたようです。

 

1日あたり1%の利息を払うわけですから、年利に直すと360%ということになります。

 

今では想像もできないようなとんでもない高利になりますが、その日に商品が売れれば1%程度の利息は問題なく支払うことができたのでしょう。

 

羅宇と呼ばれるキセルの本体まで売りにきました

それでは実際に棒手振りなどの行商はどんなものを売り歩いていたのでしょうか?

 

鮮魚から野菜、納豆や豆腐など、日常的に口にする食べ物はほぼすべて棒手振りから買うことができました。

 

お得意先の家には定期的に御用聞きに来てくれますから、わざわざ呼び止めて買う必要もなかったのです。

 

もちろん、行商人たちが売っていたのはそういった食料品だけではなく、さまざまな生活必需品が売られており、その数は100種類をゆうに超えたといわれています。

 

それでは、食料品以外ではどんなものを売りに来ていたのでしょうか?

 

よく知られているのが金魚売りですですが、これが登場したのは江戸の後期になってからのようです。

 

夏になると生きた金魚を桶のなかに入れて「金魚え〜金魚〜」と声を張り上げながら売り歩きました。

 

環魂紙売りと呼ばれる、再生紙を売り歩く行商人もいたようです。

 

拾い集めた紙を原料にして再生紙を作り、便所紙や鼻紙として売り歩いていたようです。

 

ちなみに値段は100枚100文(2000円)程度でした。

 

1枚あたり20円ですから、いまのティッシュペーパーの値段とくらべると、紙が当時いかに貴重品であったかが想像できるかと思います。

 

羅宇屋と呼ばれる、タバコを吸うキセルの胴体部分を売りにくる行商人もいました。

 

キセルのタバコの葉を入れる雁首の部分と吸い口の部分は金属なのであまり傷みませんが、羅宇と呼ばれる本体の部分は竹管でできていために、使っているうちに傷んでしまいます。

 

そこで羅宇屋からその竹管の部分だけを買うわけです。

 

ちなみにこの羅宇の値段は、標準的な長さのもので8文(160円)、長いものだと12文(240円)が相場だったようです。

 

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江戸の町では売るだけではなく訪問買取りもありました

江戸の町では、わざわざ買い物に行かなくても、あらゆるものを自宅に居ながらにして手に入れることができたわけですが、実は売る人だけではなくさまざまなものを買い取る人もたくさんいました。

 

ちょっと変わったところでは「蝋燭の流れ買い(ろうそくのながれがい)」というものがありました。

 

実は江戸時代には蝋燭は高級品でした。

 

百目蝋燭と呼ばれる重さが100匁(375g)もある大型の蝋燭は、一本あたり200文(4000円)もしたようです。

 

そんな貴重な蝋燭ですから、火をつけたときに流れ落ちたロウを捨ててしまうのは非常にもったいないといえます。

 

そこで、その流れ落ちたロウを再生用として「蝋燭の流れ買い」に売るわけです。

 

さらに変わったところでは「おちゃない」と呼ばれる、女性の抜けた髪の毛を買取りに来る人もいました。

 

これを買い集めて「かもじ」と呼ばれる部分かつらの材料にしていたようです。

 

また、かまどや火鉢を使ったときにでる灰を買い取る「灰買い」も江戸の町ではよく見られました。

 

灰は肥料にすることも出来ますし、繊維の脱色や皮革の脱脂など用途が広いためニーズは高かったようです。

 

「灰買い」で巨万の富を築いた人もいるようですので、たかが灰などと侮ってはいけません。

 

まさに究極のリサイクル社会といわれた江戸時代ならではのビジネスですね。

 

また、江戸時代ではトイレの糞尿を農家に売っていたとうこともよく知られている話です。

 

そちらに関する詳細は以下の記事をご覧になってください。

 

江戸時代のトイレ事情〜糞尿は農家に売っていた

 

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