江戸時代の死因

江戸時代の人の主な死因は何だったのでしょうか?

江戸時代の人の死因は感染症によるものが多かった

現代において最も多い死因といえば、がん、心疾患、脳卒中、肺炎などですが、江戸時代にはどのような病気が主な死因になっていたのでしょうか?

 

抗生物質などがない時代の江戸時代においては、死因の上位を感染症が占めていたのではないかと思われます。

 

具体的には、どういった病気によって江戸時代の人は命を落としていたのでしょうか?

 

 

江戸時代には多くの子供が病気で亡くなった

江戸時代の平均寿命は30代〜40代といわれます。

 

参考記事:平均寿命は30才から40才だったと言われる江戸時代の人々

 

江戸時代の平均寿命を低くしている原因は、乳幼児の死亡率の高さにあります。

 

当時は「7歳までは神のうち」といわれ、おおよそ7歳を超えるくらいの年齢になるまでに多くの子供があっけなく死んでしまっていたようです。

 

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実際に生後1年になる前に20%から25%の子供が死亡してしまったといわれています。

 

10歳になるまでの間に4割近くの子供が亡くなり、それ以降になると死亡率も徐々に下がっていったようです。

 

具体的な統計データがないので、正確な数字は分かりませんが、おそらくイメージ的にはこのような感じだったと思われます。

 

江戸時代においては、病気で死なずに無事に大人になるというだけでも大変なことだったようです。

 

江戸時代に13回も大流行したといわれる麻疹

江戸時代には、小さな子供たちが病気で亡くなるのは日常茶飯事だったわけですが、実際にはどのような病気が死因となって子供たちは命を落としていたのでしょうか。

 

当時は抗生物質などといった医薬品もなく、衛生状態や栄養状態の悪さからひとたび流行すると大勢の人が亡くなったようです。

 

江戸時代に大勢の人の命を奪った病気の代表的なものが麻疹(はしか)です。

 

麻疹は感染力が非常に強く、当時は生死にかかわる重大な病気だったために、別名「命定め」などと呼ばれていたようです。

 

江戸時代ではこの麻疹が13回も大流行したといわれ、そのたびに多くの人の命が奪われてしまったようです。

 

「生類憐みの令」で有名な5代将軍綱吉の死因も、実は麻疹だったといわれています。

 

麻疹はウイルスが原因のため抗生物質が効かず、現代においても根本的な治療法はありませんが、衛生状態や栄養状態が江戸時代にくらべて格段に良くなっている現代においては、それほど怖い病気ではなくなっています。

 

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「見目定め」といわれた死亡率の高い病気

江戸時代には麻疹で亡くなる人が多かったために「命定め」などと呼ばれていましたが、実は「見目定め」などと呼ばれて恐れられていた死亡率の高い病気もありました。

 

それが天然痘です。

 

江戸時代には疱瘡(ほうそう)と呼ばれていたようですが、天然痘は麻疹にくらべてはるかに死亡率が高く、仮に生き残ったとしても全身に醜い「あばた」のようなものが残ってしまったために「見目定め」などと呼ばれるようになったのでしょう。

 

天然痘は、江戸時代において数十年おきに大流行をして多くの人の命を奪ったようです。

 

天然痘の予防接種ともいえる種痘(しゅとう)が普及したのは、江戸時代の末期になってのことです。

 

1849年に、佐賀藩の医師であった楢林宗健という人と長崎にいたオランダ人の医師であるオットー・モーニッケが種痘を実施してから、やっと日本でも天然痘の予防できるようになったのです。

 

江戸時代の後期に大流行したコレラ

江戸時代後期に大流行をして、多くの人の命を奪ったのがコレラです。

 

安政5年の大流行のときには、江戸の町だけで24万人もの人が亡くなったといわれています。

 

江戸の町の大通りや路地に、コレラで死んだ人の棺が列をなして並べられていたといいますから、想像を絶する大流行だったに違いありません。

 

抗生物質のなかった江戸時代においては、コレラに対する治療方法がなく、2〜3日であっけなく死んでしまうことが多かったために「三日コロリ」などと呼ばれて恐れられていたようです。

 

江戸時代では「がん」で死ぬ人は少なかった?

江戸時代の死因の多くは感染症によるもので、現代のように悪性腫瘍や心疾患はそれほど多くなかったといわれています。

 

特にがんなどの悪性腫瘍は年齢が高くなるほど免疫力の低下とともにかかりやすくなるという特徴がありますので、江戸時代には現代のように多くの高齢者がいたわけではないので、相対的にがんにかかる人の数が少なかったのだと思います。

 

また、当時は現代のようにレントゲンなどのような検査機器がありませんでしたので、実際にはがんにかかっていたにもかかわらず、それと気がつかずに亡くなっていった人も多かったに違いありません。

 

あるいは、がんにかかることによって体力が低下し、結果的にはがんではなく感染症にかかって死んでしまうというケースもあったと思われます。

 

江戸時代には、現代のように死因に関する統計データというものがありませんので、あくまでも推測になってしまいますが、死因のトップが感染症であったことは間違いのないところだと思われます。

 

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